ほめられたことをもう一度できない

アイドルとアイドルオタクについて

芸人をアイドルにするまなざし

ついにまとめまで来ました。ありがとうございます。参考文献もつけましたのでよかったら読んでみてください。

 

5. おわりに


この論文では、アイドルを応援する女性が日頃どのような生きづらさを抱えているのか、またアイドルを応援することでその生きづらさがどのように解消していくのかを見てきた。

2章ではアイドルたちに自らが成し難い理想的な関係を投影して消費している側面を、3章では自身に不用意に向けられるまなざしから解放させてくれる側面、また物語などを提供することで、自分たちがまなざすことを許してくれる側面について説明した。そして4章では、何者かで居なければいけないという不安を持つ女性に、アイデンティティの形成する場を提供してくれるという側面を説明した。

このように考えると、アイドルを自称している人以外にも、〈アイドル的なもの〉は存在するといえるのではないだろうか。なぜならば、この論文におけるアイドルの定義とは、まなざす側が相手をどう捉えているか、それに対し相手がどう受け入れているかの問題だからである。

今回深く踏み込むことはできなかったが、アーティストや俳優、最近ではyoutuberやお笑い芸人などにも〈アイドル的なもの〉を感じることがある。特に「第七世代」と呼ばれているようなお笑い芸人たちのアイドル的な人気は顕著だ。その人気に対する態度も興味深く、自分はお笑いだけで評価されるべきなのではないかと悩む者もいれば、自分たちはやりたいことをやっているだけで、どう捉えられようが構わない、というまさに〈アイドル的な〉者もいる。

このように様々な人物に〈アイドル的なもの〉を投影する女性のパワーは良くも悪くも力強いものである。まなざされる側にその準備と受け入れ態勢がない場合もあり、そのときまなざしは強い暴力性を持つことは3章の通りである。それゆえ批判されることも少なくはないが、そのパワーには理由があるはずだ。

たとえばもしアイドルが存在しなければ、現代の女性たちはどうなっているだろうか。「優しい関係」に疲弊し、周りとの関係を遮断して孤立してしまうかもしれない。あるいは応答責任の重さに逃げ出したくなり、最悪の場合失踪や自殺を考えるかもしれない。「まなざしの地獄」に囚われ、社会から離脱することでまなざしから逃れようとするかもしれない。アイデンティティについて自問自答し、ひとときも穏やかでいられないかもしれない。

社会全体にとってアイドルを応援するということは、逸脱する危険性のある弱者を守るセーフティネットであり得るとも言える。アイドルを応援する行為とは、彼女たちにとって、彼女たち自身がもがいた上で選び取った、この生きづらい社会を生き抜くための生存戦略なのではないだろうか。

 

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ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。

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